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登場人物 織原 早苗(おりはら さなえ) 30代女性。統括部長。 若くして現在の地位まで上り詰めた優秀なキャリアウーマン。 仕事には厳しいが、誰より部下を見ている。 本人に自覚はないが、その姿勢と優しさから「早苗沼」と呼ばれる現象を起こしている。 相川 美月(あいかわ みづき) 20代女性。新入社員。 真面目で努力家だが、自分に自信がない。 同期と比べて結果を出せないことに焦りを感じている。
谷澤桃佳
声優作家
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3,272字
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本文
(夜、会議室)
美月:
「……織原部長。資料の修正版、確認お願いします。」
早苗:
「ありがとう。
確認するわ。」
(資料を見る)
「……相川さん。」
美月:
「はいっ。」
早苗:
「やり直し。」
美月:
「……はい。」
早苗:
「前回指摘したところ、覚えている?」
美月:
「結論を先に書くこと。
相手が何を判断すればいいのか明確にすること……です。」
早苗:
「そう。
分かっているなら、どうしてできていないの?」
美月:
「……すみません。」
早苗:
「謝罪が欲しいんじゃないわ。
理由を聞いているの。」
美月:
「……。」
早苗:
「黙っていても、あなたの考えは伝わらない。
仕事ではね、頑張りましただけでは評価できない。
相手に届いて初めて意味があるの。」
美月:
「……はい。」
早苗:
「もう一度直して。
明日の朝、確認するわ。」
美月:
「……分かりました。」
(早苗が出て行こうとする)
美月:
「……あの!」
早苗:
「何?」
美月:
「私……。
やっぱり向いてないんだと思います。」
早苗:
「何に?」
美月:
「この仕事です。
同期のみんなは、もう一人で案件を任されています。
でも私はまだ資料ひとつまともに作れなくて。
部長にも、いつも注意されてばかりで……。」
早苗:
「それで?」
美月:
「……え?」
早苗:
「続けて。」
美月:
「……。
私、織原部長に嫌われてるんだと思ってました。」
早苗:
「どうして?」
美月:
「だって……。
部長、私にだけ厳しいじゃないですか。」
早苗:
「そうね。」
美月:
「……否定しないんですね。」
早苗:
「事実だから。」
美月:
「……。」
早苗:
「相川さん。
私はあなたに甘い評価をつけるつもりはない。
今のあなたに足りないところはたくさんある。
資料作成の速度。
判断力。
伝える力。
まだまだ未熟よ。」
美月:
「……はい。」
早苗:
「でも。
未熟と、不要は違う。」
美月:
「え……?」
早苗:
「あなた、自分への評価が極端すぎるわ。
完璧にできないなら価値がない。
そう思っているでしょう。」
美月:
「……。」
早苗:
「違う?」
美月:
「……思ってます。
だって、織原部長みたいな人が近くにいたら……思いますよ。」
早苗:
「私?」
美月:
「はい。
若くして統括部長になって。
仕事も完璧で。
誰からも頼られて。
私も……
部長みたいになりたかったんです。」
早苗:
「やめなさい。」
美月:
「……え?」
早苗:
「私になろうとするのはやめなさい。」
美月:
「……。」
早苗:
「あなたは、織原早苗のコピーになるためにこの会社に入ったの?」
美月:
「違います……。」
早苗:
「なら、自分を捨てないで。
私を追いかけるために、あなたの良さを消す必要はない。」
美月:
「私の良さなんて……。」
早苗:
「あるわ。」
美月:
「……。」
早苗:
「入社してから半年。
あなたは毎朝15分早く来て、前日の議事録を読み返している。
会議で発言できなかった日は、帰る前に必ずメモに反省を書いている。
先月、体調を崩した同期の資料作成を手伝ったでしょう。
自分の仕事も終わっていなかったのに。」
美月:
「なんで……。」
早苗:
「見ていたから。」
美月:
「……。」
早苗:
「言ったでしょう。
私は統括部長よ。
結果だけ見るのが仕事じゃない。
人を見るのが仕事なの。」
美月:
「でも……。
それ、成果になってません。」
早苗:
「今はね。」
美月:
「今は……?」
早苗:
「努力が全部すぐ結果になるなら、誰も苦労しないわ。
でもね。
積み重ねたものは消えない。
あなたは遅い。
でも雑じゃない。
不器用。
でも投げ出さない。
周りを見る余裕がないと言いながら、誰より人の変化に気付いている。」
美月:
「……。」
早苗:
「相川さん。
あなたが嫌いなあなたを。
私は評価しているの。」
美月:
「……っ。
そんなこと、言われたら……。」
早苗:
「泣くところ?」
美月:
「泣きますよ……普通。」
早苗:
「そう。
ごめんなさい。」
美月:
「謝らないでください……!
部長って本当に……ずるいです。」
早苗:
「ずるい?」
美月:
「普段あんなに厳しいのに。
怖いのに。
もう無理だって思った瞬間に、そうやって……。
欲しかった言葉、全部くれるじゃないですか。」
早苗:
「必要だと思ったことを伝えただけよ。」
美月:
「だからです。
だから、みんな……。」
早苗:
「みんな?」
美月:
「いえ……なんでもないです。」
(小さく)
「早苗沼って、本当だったんだ……。」
早苗:
「何?」
美月:
「何でもありません!」
早苗:
「そう。」
美月:
「あの、部長。」
早苗:
「何?」
美月:
「私、部長のこと……。」
早苗:
「私?」
美月:
「……。
好き、なんだと思います。」
早苗:
「ありがとう。」
美月:
「え?」
早苗:
「上司として信頼してもらえるのは嬉しいわ。」
美月:
「あ、いや……。
そういう意味……なのかな。」
早苗:
「違うの?」
美月:
「……分かりません。
憧れなのか。
尊敬なのか。
もっと別の何かなのか。
自分でも分からないです。
でも。
部長に認めてもらえると、すごく嬉しいんです。
部長が見てくれてるって思うと……
明日も頑張れるんです。」
早苗:
「……。
困ったわね。」
美月:
「え?」
早苗:
「あなたたちは時々、私を過大評価しすぎる。」
美月:
「そんなことありません。」
早苗:
「あるわ。
私だって迷う。
間違える。
本当は、自分の判断が正しいのか不安になることもある。」
美月:
「部長でも……?」
早苗:
「当たり前でしょう。
私、人間よ?」
美月:
「……なんか。
安心しました。」
早苗:
「失礼ね。」
美月:
「違います!
もっと好きになりました。」
早苗:
「だから、その好きは……」
美月:
「分からないです。
でも今は、それでいいです。」
早苗:
「……そう。
なら、ひとつ約束して。」
美月:
「はい。」
早苗:
「私のために頑張らないこと。」
美月:
「え……。」
早苗:
「あなたの人生は、あなたのものよ。
誰かに認められるためだけに努力すると、いつか苦しくなる。」
美月:
「……。」
早苗:
「私を見るんじゃなくて。
あなた自身を見なさい。
私が見ているあなたを。
あなたもちゃんと見てあげて。」
美月:
「……はい。」
早苗:
「いい返事。
じゃあ資料。」
美月:
「え?」
早苗:
「直すんでしょう?」
美月:
「今ですか!?」
早苗:
「当たり前でしょう。
感動的な話をしたら資料の出来が良くなるの?」
美月:
「なりません……。」
早苗:
「なら手を動かす。」
美月:
「はい!」
早苗:
「……相川さん。」
美月:
「はい?」
早苗:
「前より、いい顔になったわ。」
美月:
「……!
部長、そういうところです。」
早苗:
「何が?」
美月:
「何でもありません。」
早苗:
「変な子ね。」
美月:
「はい。
たぶん……
もう手遅れです。」
早苗:
「?」
美月:
「独り言です。」
(夜の会議室。二人分のキーボード音が響く)
――私が見ているもの。
いつかあなた自身にも、見えますように。
(最後は読んでも読まなくてもいいです)
この台本を声優が演じた音声です。「文字が、声になる」瞬間を聴いてみてください。
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