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登場人物 織原 早苗(おりはら さなえ) 30代女性。若くして統括部長になったキャリアウーマン。 冷静で仕事には非常に厳しいが、部下をよく見ておりフォローが的確で優しい。 本人に自覚はないが、その厳しさと優しさの落差で社内に「早苗沼」と呼ばれる現象を起こしている。
谷澤桃佳
声優作家
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本文
(夜、オフィス。静まり返ったフロア)
……まだいたの。
こんな時間まで何をしているの。
……資料の修正?
提出期限は明後日でしょう。
今日中に終わらせろなんて私は一言も言っていないはずだけど。
(ため息)
あなた、自分のミスを取り返そうとしているつもり?
だったらやり方を間違えているわ。
今回の件、確かにあなたの確認不足だった。
数字のズレに気付かなかったこと。
違和感を覚えたのに、そのまま進めたこと。
正直に言うわ。
あれは新人でも防げるミスよ。
(少し間)
……何?
私に慰めてほしかった?
残念だけど、私はあなたが欲しい言葉をあげるためにここにいるんじゃない。
あなたを成長させるためにここにいるの。
優しいだけの上司が欲しいなら、私は向いてないわね。
(相手の様子を見る)
……退職届?
本気?
たった一度の失敗で?
……そう。
じゃあ聞くけど。
あなたが辞めた後、誰がこの案件を最後まで見るの?
失敗した仕事を置いて逃げることが、あなたの責任の取り方なの?
違うでしょう。
責任っていうのはね、傷つかない場所に逃げることじゃない。
傷ついた自分を連れて、それでも前に進むことよ。
(少し柔らかく)
……座りなさい。
別に説教の延長じゃないわ。
あなた、顔色悪い。
最後にちゃんと食べたのいつ?
……昼?
嘘。
あなた、嘘をつく時だけ左下を見る癖がある。
気付いてないと思った?
甘いわね。
(少し笑う)
私は統括部長よ。
部下を見るのも仕事なの。
(間)
今回の資料。
確かにミスはあった。
でも企画の方向性は悪くなかった。
競合分析。
ユーザー層の着眼点。
半年後の市場変化の予測。
あれ、全部あなたが調べたんでしょう?
誰に言われたわけでもなく。
定時後に過去5年分の資料まで読んで。
……なんで知ってるか?
ログが残っていたから。
それに。
あなたがいつも最後まで会議室のホワイトボードを消していることも。
後輩の資料を確認してから帰っていることも。
自分の成果にならない仕事ほど丁寧にやっていることも。
全部知ってる。
(優しく)
私があなたを叱る理由、分かる?
できない人間だからじゃない。
どうでもいい人間なら、注意なんてしないわ。
適当に褒めて、適当に距離を置く。
その方がずっと楽だから。
(間)
あなたならもっとできる。
そう思ったから叱ったの。
あなた自身が諦めそうになっても。
私はまだ、あなたを諦めていない。
(相手の反応)
……え?
だからって私のために頑張る?
違う。
そこは違うわ。
私に認められたいなら、私を見るのはやめなさい。
仕事を見なさい。
あなたが向き合うべき相手は、私じゃない。
(少し照れる)
……え?
違う?
そういう意味じゃない?
じゃあどういう……
(沈黙)
…………は?
好き?
……誰を?
……私?
(珍しく動揺)
待って。
それは……上司として尊敬している、という意味ではなく?
違う?
……そう。
(小さく息を吐く)
困ったわね。
そういう報告への対応マニュアルは読んだことがないの。
(苦笑)
笑わないで。
私にだって苦手なものくらいあるわ。
仕事なら答えを探せる。
資料もある。
経験もある。
でも人の気持ちには正解がないでしょう。
(少し本音)
……私はね。
ずっと完璧でいなきゃいけないと思ってた。
若くしてこの立場になったから。
女だから甘く見られたくない。
年下だから舐められたくない。
誰より結果を出さなきゃいけない。
そうやって走ってきたら……
いつの間にか、頼り方を忘れていたの。
(静かに)
あなたみたいに真っ直ぐ気持ちを伝えられる人間は……
少し羨ましい。
(間)
返事?
今すぐ欲しいの?
せっかちね。
仕事でも言っているでしょう。
重要な判断ほど、冷静に分析しなさいって。
(少し笑う)
でも……
ありがとう。
嬉しくなかったわけじゃない。
(優しく)
今日はもう帰りなさい。
資料の修正は明日、一緒に見る。
……何?
統括部長が一社員の資料を見るのはおかしい?
そうね。
じゃあ、こう言い換える。
私が、あなたと一緒にやりたいの。
(間)
……またそういう顔する。
本当に分かりやすいわね、あなた。
(少し照れ隠し)
ほら、帰るわよ。
鍵、閉めるから。
……それと。
今日の話。
社内で変な噂にしたら承知しないから。
(相手の言葉を聞く)
え?
もうある?
「早苗沼」……?
何それ。
(説明を聞いて)
……私が?
部下を?
次々?
……。
(深いため息)
まったく。
あなたたち、仕事以外の分析力だけは一流ね。
(少し笑って)
でも。
もし本当にそんな沼があるなら……
私も少しくらい、誰かに甘える練習をした方がいいのかもしれないわね。
(優しく)
だから。
明日もちゃんと会社に来なさい。
逃げないで。
私も逃げないから。
――あなたを叱る理由。
いつかちゃんと、分かるようになるわ。
この台本を声優が演じた音声です。「文字が、声になる」瞬間を聴いてみてください。
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